終い方、そして多様性について

先日(4月13日付)、朝日新聞に掲載された「土葬できる墓地、ムスリムの申し込み途切れず」という記事に目が留まりました。

日本に住むムスリム(イスラム教徒)は推計で20万人以上いて、更に増え続けている一方、宗教上の理由で日本でのお墓の確保が深刻な問題になっているというのです。ムスリムの人達は宗教的な理由で土葬が習わしですが、殆どが火葬である日本で、彼らを受け入れるお墓がほとんどないそうです。

 

この記事によると、いま日本でムスリムの埋葬ができるお墓は7カ所のみ、その一つである埼玉県本庄市の霊園が紹介されていました。近年は墓じまいをする人も多いためお墓の数が減り、経営的に立ちいかなくなったところ、モスクの責任者から「ムスリムのお墓を受け入れてほしい」と声がかかり、受け入れすることになりました。その後、口コミを中心に、ムスリムからの埋葬申し込みは途切れず来るそうです。

 

これは数少ない好例ですが、地域的な偏りもあり、九州には受け入れる霊園は一つもないとのことです。

そもそも、都市部の自治体では条例で禁止されているものの、土葬を禁じる法律はないとのこと。それでも

新しいお墓をつくる際に不可欠な地元住民の理解を得るのが難しいため、数が増えないそうです。

 

昔の日本では、亡くなったら『山に返す』『土にかえる』という言い方もあったように、土葬は昭和の終わりまでは一般的でしたが、平成に入り、公衆衛生を重んじる生活改善運動の影響や火葬場の数が増えたことなどから激減しました。弔いの感覚や常識は様々で、時代によって移り変わっていくのはやむを得ませんが、日本でもちょっと前まで土葬を行っていた事実が忘れ去られてしまったかのようです。

 

ところで、近年日本では、性別や国籍、宗教等を超えて多様性(=ダイバーシティ)を認め合い、受け入れて活かすこと(=インクルージョン)、この言葉を目にする機会も増えてきました。

 

今後、日本の労働人口が必然的に減少する中、海外の人の労働力に頼らざるを得ない時代が到来します。彼らが日本に定住して死を迎える際に直面する問題、「共生」の先にある「終い方」についても、皆で考えていかねばならない問題だと思います。

 

現在、霊園のない九州のムスリム協会では、市内に土葬墓地をつくろうと昨年6月、信仰などに基づき埋葬方法を自由に選択できる「多文化共生墓地」の整備を求め、厚生労働省に陳情書を出したそうです。

 

多様性を認め合い受け入れる、それが実装されれば、一つの霊園にいろいろな宗教を持つ方が混在して埋葬される、そんな時代が来るのかもしれません。

教育部研修係 藤澤公美