甥と鶏(ニワトリ)と私

 私には甥が2人います。幼少期のクワガタに始まり、熱帯魚、小鳥、亀と、常時複数の生き物に囲まれて生活してきました。種類や大小に関わらず苦労があるでしょうが、1年ほど前から、とうとう鶏の飼育を始めるに至りました。

 住宅地で維持出来るか、家族会議の後、彼らの確固たる信念と綿密な計画により、いよいよ許可が下りました。有精卵からの孵化率50%と試行錯誤の間、放し飼いが出来るように庭を整地し、鳥小屋や自動給水機を作りました。可愛らしい雛は日に日に成長。その奥深い生態に驚きつつも、日常生活の一風景となっていきました。

 ある時、「鶏を捌くから一緒に食べる?」と電話が。とてつもない衝撃に襲われました。丁重に断りましたが、甥が捌き、家族で焼き鳥にして食したそうです。

 「鶏がかわいそう。」と、私が言うと、甥は静かに話し出しました。「スーパーの鶏肉がどうやって手元に届くのか、知りたかった。愛情をもって育てたからこそ、鶏に生かされていることを実感した。人間は食べなければ生きていけない。多くの生き物の命、自然との関わりのなかで自分が生かされていることに気付いた。人との関わりも同じ。」。そして、「自分で動いて気付くことが、日常にはたくさんあるよ。」と。

 2度目の衝撃でした。精肉コーナーに陳列されている鶏肉からの気付きなんて、私の人生では皆無でした。最近は、日々の細々とした問題に対処するだけで、そこから想像を膨らませるようなことはないように思います。「時間がない」と言い訳して。

 気軽に遠くへ出かけたり大切な人に会うことが出来ない今だからこそ、これまでの体験から想像を膨らませて実生活を豊かにしたいものです。そして、新しい価値観に出会った時の衝撃を否定せず受け入れてみることで、世界が広がるように思います。 

 私は今回の件で、東京の農林水産業や生産緑地問題に興味をもつようになりました。新しい世界に触れるきっかけをありがとう、甥と鶏たちよ。 

東京都ナースプラザ 髙橋