あの東日本大震災から9年

 今年も、3月11日が近づいてきました。毎年この時期になると、日本中の誰もが心に浮かぶのが、東日本大震災ではないかと思います。もう9年、まだ9年、感じ方は人それぞれかと思いますが、震災の日から9年が経とうとしています。

 

 2011年3月11日、東日本を中心に突然襲ってきた揺れを感じたその時、その瞬間、自分がどこにいて、どう行動したか、皆さんは鮮明に覚えていますか?
私はその時、都内にある、制振構造になっているビルの12階の廊下にいました。突然足元がぐにゃりとして体が後ろに大きく傾き、例えるならば大きく揺れる船の中にいるような錯覚に陥りました。そして、目の前の重い防火扉がいとも簡単に左右に動く様子を見て、一体何が起きているのかと頭が真っ白になり、とにかく体を支えようと、近くの柱に必死につかまったことを覚えています。

 

 突然起きた大震災に、病院をはじめ、各施設ではかつて経験したこともない様々な困難があったかと思います。余震が幾日も続き、心身ともに疲れが溜まる中で日々懸命に看護にあたった方、また、津波や火災、原発事故による多大な被害により、支援の必要となった東北に災害支援で向かった方など、数多くの看護職の方が国難に立ち向かわれたことと思います。
 被災された方やその家族の方、震災の時に学生だった方の中には、この震災をきっかけに看護職に携わりたいと思い、今、看護職としてご活躍されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 私は震災の翌日、自分の記憶が鮮明なうちにこの時に起こったこと、自分が感じたことを日記に記しました。そして毎年、この時期になるとこの日記を読み返し、防災意識を忘れていないか、いざというときに最善の行動をとれるか、自分自身に問いかけています。
 また、毎日忙しく過ごす中で、日常を当たり前のように感じ、感謝の気持ちを忘れてしまうこともありますが、この日の出来事を思い出すと、日々変わりなく過ごせる大切さ、ありがたさを改めて感じ、自分を見つめ直すきっかけにもなっています。

 

 東日本大震災に限らず、日本は「災害大国」と呼ばれるほど数多くの自然災害を経験しています。年数が経つにつれ、その時の記憶が薄れていくことも増えていきますので、いざという時に最善の行動をとれるよう、個人個人、風化させないという意識を持ち続ける努力をしていくことが大切なのではないかと思っています。

事業部会員係  山 田 美代子

東京都看護協会で安全を守るオレンジのヘルメット
私の大事な手帳(日記)です。