ラグビー観戦・・・今昔

令和元年9月20日からラグビーワールドカップが日本で開催されています。日本代表の素晴らしい活躍もあり、ラグビー熱がこれまでにないくらい盛り上がっています。

スタンドでは紅白のユニフォームで埋め尽くされ、選手の動きとボールの行方に歓声が上がり、とても華やかです。

私も、久々にラグビーに夢中になっていた頃を思いだしています。当時のラグビーシーズンは、秋の関東大学対抗戦やリーグ戦に始まり、大学選手権決勝がお正月、日本選手権が1月15日の成人の日に行われていました。

そのため、ラグビー観戦は、とにかく“寒い”ものとの記憶があります。どんよりとした雲の下、雪がちらつく中での試合も多々ありました。決勝戦のスタンドには、ちらほらと晴れ着姿の女性がいましたが、現在のように、お揃いのユニフォームや独特のメイクで応援する人はほとんどいませんでした。

もう30年以上も昔のことです。「北の鉄人」が日本選手権V7を達成したその日、私は上野駅に向かう夜行の応援列車に乗り、国立競技場に着きました。

スタンドで大漁旗の下、懸命に応援をしたことを覚えております。その時の選手たちが中心となり、東日本大震災で被災した鉄の町にワールドカップを迎える活動をしました。「釜石鵜住居(かまいしうのすまい)復興スタジアム」が完成し、ワールドカップの試合が行われることとなりました。一途に復興を願うラガーたちの努力に心が打たれます。

そして、各地に甚大な被害をもたらした台風19号が日本を襲った翌日、日本代表は1次リーグを1位で通過し、初めて決勝トーナメントへの進出を決めました。その感動は、日本に勇気と元気と災害に立ち向かう力をもたらしました。

同じ日に、「釜石鵜住居復興スタジアム」で行われる予定のナミビア対カナダ戦ですが残念ながら中止となりました。しかし、カナダの選手たちは、試合がなかったが釜石の町に残って、ケガも恐れず、道路上の泥を片付けるボランティア活動を行ったと聞きます。

また、ナミビアの選手は中止となったラグビー教室に参加する予定だった子供や被災者ら約100人と記念写真を撮るなどして、励ましてくれたそうです。どちらも自主的な申し入れだったようです。

世界中の、逞しく心優しいラガーたちに心が温かくなります。観戦スタイルは変わっても、ノーサイドの精神とラガーたちの優しさは、昔も今も変わらないのです。

決勝トーナメントでは、日本代表の活躍だけでなく、すべての参加国の健闘を祈り応援しましょう。

教育部 菊地ひとみ