死生観を育むということ

私たち千駄木訪問看護ステーション城北事業所は昨年度から「東京都訪問看護教育ステーション」になりました。今年度は昨年度にも増して、看護職の方をはじめ地域の皆さまと充実した学びを共有できるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。

 

私が訪問看護を始めて、かれこれ十数年が経ちます。自分が利用者様に対して「看護をしてきた」なんて感覚はなく、むしろ「たくさんの方の生き様に触れ、貴重な時間を共有させて頂いた」、もしくは、「その方の物語の最後のところで裏方として登場し、その方のそばで時には“ちょこまか動き”、時には“ただ存在していた”」という感覚があります。

そのような日々のなかで、一旦立ち止まって振り返り、頭と心を整理整頓したくなり、死生学を学びました。人々の死生観を知り自分の死生観を高めたいという思いもありました。

3年間の学びを終えた今、私は「さあ、あなたはこれからの人生、どう生きるの?!」と今は亡き利用者様から問われ、そして自分で自分に問うている、そんな心情です。死生観を育むことは、看護師である前に人間である自分を豊かにし成長させるように思います。

 

ここで清貧の僧、良寛さんの歌を紹介します。私は良寛さんと同郷であり、この歌がとても好きです。

 

形見とて 何残すらむ 春は花 夏ほととぎす 秋はもみぢ葉

 

訪問看護の現場は、上手くいくこと・いかないこと、どうにかなること・ならないことが次々と起こり、そういうことに一喜一憂する毎日です。でも、一歩外に出て自転車を漕げば、花鳥風月、自然に慰められ、自分も含めて人は自然の一部であると感じます。「形見とて 何残すらむ」の後、皆さんは何を詠まれますか。

 

千駄木訪問看護ステーション 城北事業所

竹内 里絵子