第104回 2018年11月19日 「皆さん!石垣山一夜城をご存知ですか?」

 皆様、こんにちは、半年振りのご無沙汰です。

 かなり寒い日が続きますが健康に留意されそれぞれの職場等で頑張られていることと思います。

 さて、今日は、あの戦国武将たちが集結した豊臣秀吉と北条氏政、氏直親子との対決の場である小田原をご紹介いたします。小田原城と言えば、石垣からの高さが27.2mあり、全国第7位の高さを誇るお城で、最上階の5階からは市街地や相模湾などが一望できます。難攻不落の城の一つで、北条氏は、城と城下町を全部包み込んだ「総構」で約5万4千もの兵を動員しました。

 対する、豊臣秀吉は、相模湾には毛利、長宗我部など、山王川側は徳川家康、酒井など、山側は、羽柴秀次、宇喜多などそして早川側には豊臣秀吉、池田、細川など21万もの兵を動員し取り囲み、さらに、秀吉は小田原全体を見下ろせる笠懸山に城を築き、そこを本陣としました。

 これがいわゆる「石垣山の一夜城」と言われています。

 実は、先日、私事で恐縮ですが、ここを昔の仲間、男4人で訪れました。私は一夜城は山頂の林の中に堀や櫓の骨組みを造り白紙を貼って白壁のように見せかけ、周囲の木を伐採し、それを見た小田原城の将兵が一夜のうちに城が出現したと思ったことから石垣山一夜城と呼ばれていると思っていました。実際に行くと山の上に立派な石垣があり、関東で最初に造られた総石垣の城「野面積(のづらづみ)」で、本丸、二の丸の場所も広く、淀殿の化粧井戸とも言われる井戸曲輪まであり、長期戦に備えた本格的な城であったことが分かりました。

 そして、小田原城から石垣山を見ると、山頂にある一夜城はすごく立派で(今は実際には見えませんが)、今にも、山から攻めてこられるような位置にあります。さすがの北条氏も約3ヶ月で降伏しました。当時の秀吉の作戦の緻密さが手に取るように分かります。

 このように、実際に足を運び体験をすることで思わぬ発見があり、何事にも勉強になります。これが私にとって大きな収穫でした。

 また、もう一つ収穫がありました。一夜城にはすぐ近くの駿河湾を望む、眺めの良い場所に「一夜城ヨロイヅカファーム」があり、昼の食事も非常に美味しく、当たり前ですが、特にデザートは絶品です。

 しかし、男性だけで行くと少し恥ずかしいかもしれません。(男性は我々だけで、ウェイトレスに聴くとカップルではいるけれど、男性だけのグループはめったに来ないとのことでした。)

 予約は大変ですが、是非ご賞味いただきたいと思います。

事務局長 佐 藤 岩 雄
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この手前の山の山頂に広大な城が見えたら・・・ 今は他にも高い建物がありますが当時は・・・

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